シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

村井さんちの生活

 先日、義父の新型コロナウイルスワクチン接種1回目が無事終了した。予約段階から1回目接種終了まで死闘続きだったので、その詳細を報告したい。

 義父は現在87歳で、滋賀県大津市に在住している後期高齢者だ。新型コロナワクチン接種の優先順位では、(医療関係者を除けば)たぶんトップに近いと思う。2年ほど前に脳梗塞で倒れたが幸い後遺症もなく、とても元気に暮らしている。87歳と高齢なので、私と夫が様々な生活の支援を行ってはいるが、それでも身の回りのことは自分できちんとできる人だ。

 私が「新型コロナワクチン接種のお知らせ 【接種券在中】」と印刷された封筒を実家のダイニングテーブル上で発見したのは、4月上旬のことだった。義父と義母は、大事な書類や封筒といった類いの整理が苦手になってきている。最近では、郵便物の正体がわからないと、どこかにしまい込んで、そのまま忘れてしまうことも増えた。ここ1年ほど私が週1回のペースで郵便物はすべて精査しており、今回はラッキーなことに発見が早かった。見つけたときは、思わず、「あった!」と声が出た。震える手で封筒を握りしめ、これか、これがワクチン接種券……と感激。封筒には「4月5日(月)午前9時より予約受付開始です」と書かれた赤いスタンプが押してある。

 早速ビリビリ破って封筒を開くと、中から様々な書類が出てきた。予診票、ワクチン接種の流れを説明するイラスト、接種券、問診票。ざっと目を通し、インターネット予約の方法を確認する。QRコードもついているので楽勝だ。この時点で、義母の接種券はまだ届いていない状況だった。同じ高齢者でも6歳の年の差のある二人の接種予約は、別日程で行われる。あるいは最悪のケースだと、義母に届いた接種券は廃棄されたか、どこかの引き出しに眠っている。とりあえず、義父の分だけでも予約を完遂せねばと悲壮な決意を持って挑んだネット予約当日、見事に玉砕した。まったくサイトに繋がらず、繋がったと思ったら、すでに予約枠は埋まっていた。この間、わずか10分程度だ。日頃ネットショッピングで鍛えている私でもこのていたらく。高齢者がインターネット経由で最後まできちんと予約できるとは思えなかった。

 指定された2度目の予約日、予約ページはさほど混雑しておらず、一度に接種場所の確定と、2回目の予約まできちんと済ませることができた。予約表もダウンロードして、印刷した。自分で言うのもなんだが、いつも通り完璧だ。予約完了した当日に、必要書類はすべてファイリングし、忘れものがないように準備を整えた。こういう作業は思い立ったが吉日で、なるべく早く済ませておいたほうがいい。ちなみに、記載されていた持ち物は以下である。

 ・接種券(忘れると接種できない)
 ・本人確認書類
 ・予診票
 ・マスク

 以上の持ち物にプラスして、念のため、お薬手帳も用意した。というのも、SNS上で、一応はお薬手帳を持っていったほうがいいとの記載を読んでいたからだ。

 義母の接種券は義父の予約が完了した直後に実家に届いていた。光の速さで義母の分も予約を済ませ、老夫婦には「一人二回の接種で、すべて別の日の予約になっていますからねッ! 一回につき、一人ッ! まずはお父さんからッ! それ以外の日程は別途連絡!」と何度も念押ししたのだが、二人が理解してくれたのか、当日まで記憶してくれるのか、定かではなかった。

 さて、接種当日である。集団接種会場である近隣ホテルに義父を連れて行くだけなので、基本、大人一人の引率でいいはずだったが、なんとなくいやあな予感がして、夫を運転手として同行させることにした。私一人のほうが何かと動きやすいのだが(老夫婦に対して容赦なく事務的に作業を進めるので)、なにせ初めての接種だ、なにが起きるかわからない……という、介護生活2年目突入の私の勘が働いた。

 闘志を燃やしながら実家に到着した私が見たのは、ビシッとスーツで正装した義父だった。そしてその横には、めちゃくちゃおしゃれをした義母が立っていた。おいおい!! まるで海外旅行にでも出かけるようだ。義母は一緒に接種される気満々な様子で準備万端整っているし、義父はスーツを着込んで革靴まで履いてるぞ! 思わず「なにぃ!!!!」と大声が出かかったが、ここはぐっと堪え、怒らない、怒らない……と心のなかで繰り返し、義母には「おかあさんは来週だから」と何度か説明した。「おかあさんにも打ってやってくれ」と、半泣きの義父に訴えられながらも、非情に半袖下着に着替えさせ、ホテルまで引っぱって行った私なのだった。

 接種自体は大変スムーズで、あっという間のことだった。医療関係者、ワクチン接種対策室のみなさんの働きには心から感謝だ。接種1回目はこんな感じで、引率した私はグダグダに疲れきってしまった。あと3回あると思うと遠い目になる。それも次は認知症と診断されている義母を引率しなければならない。とっさのハプニングに対応できるように、ジャージで行こうと思う。

この記事をシェアする

MAIL MAGAZINE

「考える人」から生まれた本

  • 春間豪太郎草原の国キルギスで勇者になった男

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき
  •  

考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

村井理子
村井理子

むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『兵士を救え! マル珍軍事研究』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』など、エッセイに『(きみ)がいるから』『村井さんちの生活』がある。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。

連載一覧

対談・インタビュー一覧

著者の本


ランキング

イベント

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

  • ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら