2020年5月15日
斎藤環×與那覇潤『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』刊行記念特別企画
「死にたい」と言われたら、どうするか?
先日公開した「トイレットペーパーはなぜ消えたのか?」の記事に、大きな反響をいただきました。そこで今回は、とくに関心の高かった「同意なき共感」について、斎藤環さんと與那覇潤さんの対談本『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(新潮選書、5月27日発売)の中から、一部を再編集してご紹介いたします。
ヤンキーに癒された入院体験
與那覇 双極性障害にともなう重度の「うつ」のために、2015年に約2か月、入院をしました。各種の研究もしている大学病院だったこともあって、病名としても年齢層としても、幅広い患者さんと知りあうことができました。
斎藤さんと初めてご一緒したのは2014年の頭に、日本社会の「ヤンキー性」をめぐって対談(※1) した際ですよね。入院した病棟では、きっと世間ではヤンキーと言われるだろう方ともご一緒したのですが、その中で自分の考え方もだいぶ変わっていったと思います。
いちばん象徴的なことで言うと、もう歴史学者のようには「過去」を気にしなくなった(笑)。こちらが「病気のせいで、あれもこれも失ってしまった」と落ち込んでいるときに、「そんなこと、別にいいじゃん! いま、ここで出会ったんだからさ、一緒に頑張ってこうよ!」というノリで過去は一切問わず、無条件で仲間として扱ってくれる。そこにすごく癒されて、そうしたヤンキー的なエートスのポジティブな面を意識するようになったんです。
斎藤 ヤンキーに癒された……それはいい経験をしましたね。彼らは若い頃はやんちゃで暴力的な傾向もありますが、いったん社会に出て適応すると、基本的に明るく裏表がなくて社交的な、いわゆる「いい人」になることが多い。
あとポイントなのは、意外に弱者にやさしくて、あんまり差別をしない。そうした寛容さがある種の倫理性を担保しているのは事実で、長らくヤンキーの「歴史軽視・ノリとアゲ重視」を批判してきた私も、そこは公平に見て評価しなければならないと思っています。
與那覇 そうした目で振り返ったときに歴史学者の仕事って、かつて自分が思っていたほど意味があったのか。過去の忠実な復元にこだわることが、かえって人を「非寛容」にしてはいないかという気持ちになってきたんですよ。
「死にたい」と言われたら
與那覇 退院したあとはリワークデイケアに2年間通いましたが、そこで臨床心理士の勧めもあって、能力が回復してからは病気に関する本を読むようにしていました。そこで目から鱗だったのが、精神療法について言われる「同意でなく共感を」という考え方だったんです。
斎藤 カウンセリングの基本ですね。一番端的な例で言えば、クライアント(相談者)から「もう死にたい」と言われたら、どう答えるべきか。そのとき原則とされるのが「同意はしないが共感はする」という考え方です。
「死にたい」という点に同意してしまったら、本当に自殺してしまうかもしれないので、そこは同意してはいけない。一方で相手の「死ぬほどつらい」という気持ちには、しっかり共感する必要があります。「そんなのダメでしょ」のように否定するだけでは、クライアントは突き放されたと感じて、やはり自殺に向かってしまいますから。
もっとも、他人事のように「そんなにつらいなんて、かわいそう」というだけでは同情(シンパシー)に過ぎず、相手の心に響かないので、「あなたの置かれた状況で、死にたくなるのは無理もない。私だってそうなる」という共感(エンパシー)が大切だとされています。
與那覇 「親不孝だ」「周りの人が悲しむ」などと説得するのも良くないそうですね。
斎藤 一般論的な説得は全然ダメで、効果がないんです。ただ「私はあなたに死んでほしくない」と伝えるのは構いません。それは一般論ではなく、本人の心がこもった価値観ですから。
もっとも、いきなり「死んでほしくない」と言っても、そこに共感がなければやっぱり無意味なので、まずは相手の話をしっかり聞いて、共感することが必要です。
與那覇 先ほど述べた入院中のエピソードも、まさに同意でなく共感の力で回復できたということだと思うんです。たとえばぼくが書いた本の内容や主張に「同意」したから、仲間と見なして応援してあげようとか、そういう問題じゃ全然ないわけですから。
そして実は歴史学者として、病気の直前まで悩んでいた課題にも、答えをもらったと感じたんですよ。ある時点までのぼくも含めて、歴史学者は逆に「共感なき同意」ばかりを求め続けて、袋小路に入ってしまっていた。
斎藤 えっ、歴史学者にも同意や共感が必要なんですか? ひたすら実証的な世界のように見えるのですが。
與那覇 ぼくのように専門が日本の近現代史だと、どうしても「歴史認識問題」を何とかしろという社会的なプレッシャーがあるわけです。しかしたとえば多くの学者が取り組んだ、日中韓三か国で「同意」できる歴史像を描こうとする試みは、成果がなかったどころかマイナスでした(※2)。同意を求めて細かく史実を掘り下げるほど「いやいや、そこでは一致できない!」というポイントが、前より多く見つかっていくわけですからね。
ほんとうに大事なのは、同意がなくても「共感」できるルートを作ることだった。むしろ同意は求めてはいけなかったと、いま思うんです。
斎藤 なるほど……。カウンセリングの方法論が、まさか歴史学にも応用できる可能性があるなんて驚きです。
「共感」の三角形
與那覇 自分の失敗を踏まえて整理してみると、そもそも同意と共感は対立する概念ではないですよね。同意の対義語はたぶん二つあって、もちろん一つは「反論」(反発)ですね。お前の主張は間違っている! と相手に言い返す。そしてもう一つが実は「無関心」です。何を言われようが、たんに無視して、相手をしない。
単純に図式化すると、同意と反発と無関心が三角形になって、共感というのはその真ん中の広いエリアとしてあるわけですね。歴史学者がやってきたのは、日中韓の一般国民がいま反発の極にあるので、少しずつでも同意の極へ引っ張っていこうと。しかしそれは引っ張られるほうにとって大変ストレスなので、反作用のように力が翻って「無関心の極」へとみんな吹き飛んじゃった。ほんとうは、最初から真ん中を目指すべきだったんです。
斎藤 カウンセリングでもよくあることですが、最初から論争の構えが出来てしまっていると、いくら共感をベースに行きましょうと言っても受け入れてもらえないんですよね。たとえば「盗聴されている」という妄想を訴える患者さんに対して、「誰にもメリットがないだろう」「証拠はあるのか」のように事実関係を争うと、かえって自説に固執されてしまいます。
むしろ事実認定は後回しにして、まずは共感的に言い分を聴く姿勢が重要なんです。つまり「私は盗聴された経験がないからわからないけど、そんな状況は不安だし、きっと苦しいですよね」と、一度受け止めてあげる対応が基本になります。
與那覇 国際関係でも、カウンセリングのような対人関係でも、「共感だけではだめだ! 同意こそが対話を始める基礎であり、それができない相手とはつきあえない!」という硬直化した考え方では、ますます問題がこじれてしまうんですよね。偏狭な人たちによって損なわれてしまった「共感」の地位を、これからどう回復していくのか。それは歴史問題を離れても、生きやすい社会を作っていくうえで大事な課題になると思っています。
(斎藤環・與那覇潤『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』第一章より抜粋・一部を再編集)
※1.^この対談は、斎藤環『ヤンキー化する日本』(角川oneテーマ21、2014年)に収録されている。
※2.^この点について詳しくは、與那覇潤『荒れ野の六十年 東アジア世界の歴史地政学』(勉誠出版、2020年)の序章を参照。
斎藤環、與那覇潤『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』 (5月27日発売予定)
【目次】
第1章 友達っていないといけないの? ――ヤンキー論争その後
第2章 家族ってそんなに大事なの? ――毒親ブームの副作用
第3章 お金で買えないものってあるの? ――SNSと承認ビジネス
第4章 夢をあきらめたら負け組なの? ――自己啓発本にだまされない
第5章 話でスベるのはイタいことなの? ――発達障害バブルの功罪
第6章 人間はAIに追い抜かれるの? ――ダメな未来像と教育の失敗
第7章 不快にさせたらセクハラなの? ――息苦しくない公正さを
第8章 辞めたら人生終わりなの? ――働きすぎの治し方
終章 結局、他人は他人なの? ――オープンダイアローグとコミュニズム
斎藤環「『対話』によって人間関係と自分自身を変えるための10冊」
與那覇潤「重い病気のあとで新しい人生をはじめるのに役立った10冊」
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斎藤環
1961年、岩手県生まれ。精神科医。筑波大学医学研究科博士課程修了。爽風会佐々木病院等を経て、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」の治療・支援ならびに啓蒙活動。著書に『社会的ひきこもり』、『中高年ひきこもり』、『世界が土曜の夜の夢なら』(角川財団学芸賞)、『オープンダイアローグとは何か』、『「社会的うつ病」の治し方』ほか多数。
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與那覇潤
1979年、神奈川県生まれ。評論家(元・歴史学者)。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学者時代の専門は日本近現代史。地方公立大学准教授として教鞭をとった後、双極性障害にともなう重度のうつにより退職。2018年に自身の病気と離職の体験を綴った『知性は死なない』が話題となる。著書に『中国化する日本』、『日本人はなぜ存在するか』、『歴史なき時代に』、『平成史』ほか多数。2020年、『心を病んだらいけないの?』(斎藤環氏との共著)で第19回小林秀雄賞受賞。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 斎藤環
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1961年、岩手県生まれ。精神科医。筑波大学医学研究科博士課程修了。爽風会佐々木病院等を経て、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」の治療・支援ならびに啓蒙活動。著書に『社会的ひきこもり』、『中高年ひきこもり』、『世界が土曜の夜の夢なら』(角川財団学芸賞)、『オープンダイアローグとは何か』、『「社会的うつ病」の治し方』ほか多数。
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- 與那覇潤
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