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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

 神保町に行って甘いものを買いたいなと思ったときに必ず足が向くのは『さゝま』である。古本屋やスポーツ用品店や飲食店が雑然と建ち並ぶ靖国通りを駿河台下で曲がるとすぐのところに、間口一間ほどの小体(こてい)なお店がたたずんでいる。店の前には一本の木がそよそよと風にそよぎ、いつ訪れてもひっそりとして、清涼な空気が流れている。老舗にはつきものの、季節の和菓子を陳列した小窓があって、錦玉(きんぎょく)が出ていればもう夏だと思うし、柿や紅葉をかたどった練切(ねりきり)があればもう秋だと思う。いつも今日はこのお菓子にしようと思って暖簾をくぐり、引き戸を開けて入るのだが、中に入るとなぜだかいつも最中を買ってしまう。

喧噪の駿河台下の交差点を曲がると、ふいに静かな一角に入り込む

 交差した松葉模様を表に印した、四角く平たい小ぶりの松葉最中は『さゝま』の看板商品である。四角い形は祖父が趣味で続けていた歌澤の三味線の胴をかたどったもので、中にこしあんが入る。洗練されたその姿からは甘さも控えめに思われるが、ひとつ食べれば充分に甘く、満ち足りた気持ちになる。「甘いものは甘くないと。心の糧に食べるものですから」と、以前取材させていただいた折りにご主人は話しておられた。

 明治生まれの先代は昭和4年からパン屋を営み大繁盛したが、パンは商圏が狭く、おつかいものにもならないのでと、昭和6年からは和菓子店も始めたそうだ。しばらくはパンと和菓子の両輪だったが、昭和9年からは和菓子店だけを営むようになった。他の和菓子店に修業に入らず、お茶を習い、お茶会にも行って、そこで出たお菓子を食べずに持って帰って研究し、ひとつひとつ独自の味のお菓子を作っていったのだという。「ですからうちのお菓子は江戸でも京都でもない、さゝま流なんです」。二代目ご主人も、自分の嫌いなものは作らない、好みのものだけを作る、といった具合だ。

 『さゝま』のお菓子は、昔からある、馴染み深い定番の和菓子ばかりで、決まった材料を使って、昔どおりに作れるものだけをひとつひとつ手で作っている。原料も、長年のつきあいの問屋には、値段はいいから、もののいいものをと頼んであるという。そのため、最適な原料が手に入らなくなったことで作らなくなったお菓子もある。妥協のない、けれども気負いのない、お菓子作りに対する変わらぬ姿勢と昔ながらの味わいが、客にとっての安心感であり、贔屓の所以なのだ。

 それぞれのお菓子もさることながら、いつも決まってほしくなるのは最中の入るその箱で、いちばん少ない6個入りであっても美しい紙の貼り箱に入れてくれる。紫の小紋柄の細長い箱に小さな最中がお行儀よく並んで入っているのは、見るだに心楽しい景色だ。この箱は踊りの発表会などで誂えられるものと同じだそうで、なるほどそうしたおつかいものにぴったりだ。上等の品とはこういうものをいうのではないだろうか。

 『さゝま』のお菓子は神保町の一角のお店一軒でしか買えない。ご主人は自分の目の届くところでと思っているので、催事などには一切出さない。武士は食わねどをもじって、「めしは食わねど高楊枝です」と笑う。江戸でも京都でもない、さゝま流。粋とはこういうことをいうのではないだろうか。

四月半ばのこの日は柏餅と木の芽田楽、菜種、よしの山、花筏などの上生菓子が並んでいた

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「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。今春『東京甘味食堂』を講談社より文庫化。

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  • 津野海太郎「最後の読書」読売文学賞受賞


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