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チャーリーさんのタコスの味――ある沖縄史

前回までのあらすじ)「チャーリー」こと勝田直志さんは、コザの有名なタコス専門店の創業者。戦後、同じアメリカ統治下だった奄美からコザへ出たが、1953年、思いがけず奄美が本土復帰。勝田さんは沖縄に残り、1956年、自分のレストランを構えた。

 沖縄で「外国人」となった勝田さんを支えた、もうひとつの味方は「Aサイン」だった。
 Aサインとは、米軍の軍人・軍属・関係者が立ち入ってもいい店に与えられた営業許可証である。「APPROVED(許可済)」の頭文字「A」を大きく表示したデザインで、米軍風紀取締委員会による衛生基準に合格した飲食店・風俗店の内外に掲げられた。沖縄の民間業者に一定の基準を課すことで米軍関係者を守るのが目的だった。

店の外にもAサインと等級を表示した。勝田家より提供

 「Aサイン」もまた、沖縄では誰もが当たり前に知っている一般名詞だ。当時のコザで活躍したロック・ミュージシャンの青春を描いた映画に『Aサインデイズ』(崔洋一監督、1989年製作)というタイトルが付くように、Aサインは米軍統治時代のシンボルでもある。
 いささか皮肉な話にも見える。奄美の本土復帰以降、沖縄に残った奄美の人は過剰な「外国人」扱いを受けた。沖縄社会からも日本からも身分を保証されない。そんな彼らの店を守ってくれたのが、米軍が民間業者を取り締まるために発行した営業許可証だったのだから。
 Aサインは、奇しくも奄美の本土復帰と同じ1953年に始まる。風俗店の性病対策として知られるが、風俗店へのAサイン適用は1956年からで、飲食店のほうが早い。業種によって「A」の文字の色が異なり、赤がレストラン、青がバーやキャバレー、黒が食品店に割り当てられた。
 Aサインの話になると、勝田さんはいきいきと饒舌になる。

このAサインというのがないと、アメリカの兵隊はそこで酒飲んだり食べたりはできない。当時は、冷房もないでしょ、電気もないでしょ。それをどうにかこうにかして一所懸命やったんですよ。ない金を絞り出して、みんなAサインもらうのに一所懸命でした。
 昭和30年で私はMさんの店を辞めました。それで昭和31年3月にAサインをもらって独立開業したわけです。

 Aサインを取得するには、設備や衛生面での検査に合格する必要があった。
 建物はネズミが入らないようブロックやコンクリートで造ること。窓から虫が入らないよう金網を張る。床や壁はタイル貼り。トイレは店内に設置して、男女別でなければならない(これは当時、戸外に設けるのが普通だった男女共用トイレが売春に使われることが多かったからだと言われる)。
 条件を整えるのは容易ではなかったが、例えば屋内トイレは、店にとって思わぬ利点があった。食い逃げ防止だ。

 このAサインという制度はわりかた厳しかったんだけど、我々にも良かったんじゃないかな。当時、逃げるのが多かったですから。トイレが外に作ってあったものだから、ご飯を食べてから「トイレはどこか」と。教えてやると、外に回ってそのまま逃げていくのがおったんですよね。だから、Aサインの、トイレを中に作るというのは良かったと思う。

 Aサインには番号がある。勝田さんを沖縄に連れてきたM氏のアーサーズ・レストランが飲食店の1番、伝説的な老舗のニューヨークレストランが3番、勝田さんが独立して開いたスーパーレストランが11番だった。Aサイン制度から3年後の店が11番とは、いかに条件を整えるのが難しかったかが分かる。
 それでも、Aサインがあれば米軍関係者がやってくる。ドルを稼げるメリットは大きい。何より、設備が整った「上等な店」という信用の証だった。
 Aサイン制度は頻繁に変更された。1958年にはいったんAサイン制度そのものが廃止になったが、1962年に復活。1963年には条件をより厳しくした「新基準」が始まった。

 Aサインは、最初はね、だいたいトイレさえあればいいということで許可しとったんです。それが「新基準」になると、ブロックで造ってどうのこうのと、そうとうに厳しくなった。

 特に衛生面は、現在からすれば当たり前のようだが、当時としてはたいそう厳しいものだった。トイレには清潔なタオルかペーパーを設置。店の掃除が行き届いていること。従業員の服装が清潔で帽子をかぶり、髪や爪も清潔であること。
 建物はコンクリートとガラスで造り、厨房やトイレはタイル貼り。もちろんトイレは水洗式でなければならない。
 その頃1000軒以上あったと言われるバーは、急に数を減らした。新基準を満たす店を改装するには資金がかかる。なんとか整えて米軍相手の商売を続ける人と、沖縄人向けの商売に転向する人とに分かれた。
 新基準のAサイン店にしても、週に1度、米軍の検査官がきた。細かくチェックして不備が5つ見つかると「Aサイン一時預かり」。店は商売ができなくなった。検査官のチェックは恣意的にも見えて、何が悪かったのか分からないこともあり、改善して再交付してもらう手続きは煩瑣だった。Aサインを取り上げられたのを機に、商売を諦めたり他所へ移転したりする業者もいた。
 中には、検査官に袖の下を渡して見逃してもらう業者もあったと聞く。女性を置く店では、検査官の来訪を知るや裏口からいっせいに定員外の女性たちが逃げ出したとか。Aサインをめぐる奮闘はさまざま伝えられている。
 レストランの場合、材料もすべてAサイン店から調達して、伝票と仕入れ量がきちんと一致しなければならない。大変そうに聞こえるが、「小さい商売」だからできたと勝田さんは話す。

 精肉店にも野菜にもAサインがあるんですよね。我々は赤、バーはブルー。で、パン屋や、肉や野菜やビール、そういうのは黒のAサイン。肉なら肉をAサインの店から仕入れして、伝票とその肉の量と合わせて、それを米軍が検査しよったんですね。
 忙しい店はとても間に合わんです。だから、いわゆる流れもんを買ったりしよったわけですね。そうして、うまく儲けたところもあるし、Aサイン取り上げになったところもある。我々は小さな商売だから、必ず伝票を合わせ、パンでもビールでもAサインから買った。
 仕入れが大変? まぁ、衛生的には良いわけだ。流れもんだと、衛生的に悪いのもありますよね。野菜屋も肉屋もゲート通りにAサインの店ができとったんです。そこで、自転車。自転車に乗って仕入れに行きました。

 小細工をしなくても、一度もAサインを取り上げられたことがないのが勝田さんの自慢だ。

 Aサインは、米軍統治の象徴だ。
 民間人の商売にまで米軍が介入することは、店や地域経済を脅かすだけでなく、行政そのものの空洞化を意味して見えた。琉球政府の法律が営業権を与えたはずの店が、米軍の調査官によって保証されたり休業させられたりする。琉球政府の法律より米軍の布令が優先する。米軍の支配を思い知らされる制度だった。コザ市長を長く務めた大山朝常などは、そう回想する。
 だが逆に、勝田さんにとっては、規制の厳しさがチャンスになった。
 Aサインが新基準になった1963年、勝田さんは元の「スーパーレストラン」から少しだけ坂を上がった角地に店を移転させ、Aサインに適合するよう改築もした。同じ奄美出身の人が八重島からBCストリート(今の中央パークアベニュー)へ移転することになり、建物を譲ってもらったのである。

BCの辺に出るのは金がかかる。私は奄美から来て金がないもんだから。いちおう生活はできてるんだけど、当時は銀行が、我々に本籍がないから金貸さなかったんですね。でも、八重島がだんだん潰れていって、……おかげで私が採用になったんです(笑)。

移転した2軒目のレストランで。飾り棚の真ん中に額入りのAサインが掲げられている。1965年頃。勝田家より提供

 

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

宮武実知子

みやたけみちこ 主婦・文筆業。1972年京都市生まれ。京都大学大学院博士課程単位取得退学(社会学)。日本学術振興会特別研究員(国際日本文化研究センター)などを経て、2008年沖縄移住。訳書にG・L・モッセ『英霊』などがある。「考える人」2015年夏号「ごはんが大事」特集に、本連載のベースとなった「戦後日本の縮図 タコライス」を寄稿。

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