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村井さんちの生活

 仕事の合間にSNSを覗いていたら、偏食の子どもの子育ては大変という書き込みを偶然発見した。「わ・か・る・わ~」と思わず声が出た。ものすごい共感だった。そうだよね、わかる! と、何度も頷いてしまった。だって本当に大変なんだもの。

 わが家の双子は、まったく同じものを食べさせ、まったく同じように育てたつもりだったのに、兄は好き嫌いがほぼなく、弟は好き嫌いの王様かというほど好き嫌いが多い。これには日々苦労している。私の友人たちは「そんなの放置しておけばいいよ。甘やかすからダメなんだって。食べないと言われたら、冷静な顔で、ふーんって返しておけばいいんだよ」と言う。それはそうだと思うし、私もそうしていた。でも、ちょっとした事件があって、なんとか対策を考えなければと思いはじめた。

 次男が、「今日の夕飯なに?」と聞いてくると、どきっとするようになったのは、ここ一年ぐらいの話だと思う。メニューによっては、「あとで食べるわ」と言い、いつになっても食べない。私が寝る頃になって、静かにキッチンに来ては、私が買い置きしておいた菓子パンなどをこっそり部屋に持ち帰り、食べるようになった。ふふふ、それも計算済みで買っておいたんだよ……と思いながらも、しかしなぜこんなことになったのかと不思議でたまらなかった。

 ある大雨の日の朝、いつものように次男は朝食を食べなかった。私自身、中学生の頃はまったく朝食を食べなかったので(もちろん母親はしっかりと用意してくれていた。それを考えると壁に頭を5回ぐらいぶつけたくなる)、その気持ちはわからないでもない。それでも、母心は傷つくものだ。子育てってなんだろう……と傷む心で考えつつ、次男を車で学校まで送り届けた。次男は本当に何ごともなかったかのように、「それじゃあ、行ってきます。送ってくれてありがとう!」と言って車を出た。校門まで歩いて行く後ろ姿を見送り、そして彼が座っていた後部座席を確認した。次男は忘れものが多く、財布や眼鏡が残っていることが多いのだ。しかし、その日、次男が座っていた場所に残っていたのは塩大福だった。

 ものすごくびっくりした。なぜ中学2年生思春期真っ盛りの、髪のセットに毎朝20分かかる次男が、四個入り塩大福を持って学校に行こうとしていたのか。お腹がすいていたからだろうけれど、なぜそこまでして朝食を拒否するのか。塩大福を買ったのは私ではない。つまり、次男は自分でスーパーに行って、塩大福を買い求めていたのだ。なぜ!?

 家に戻って、珈琲を飲みながらじっくり考えた。まず、塩大福が好きだなんて知らなかったし、何を思ってあの子は塩大福を買ったのかと不思議で仕方がなかった。いろいろ考えに考えたがわからなかったので、仕方がなく、私も塩大福を買って常に置いておくことにしようと決めた。次男は私が買っておいた塩大福を、「やったー!」と言って食べ、買えば買うほど食べ、するとこちらも面白くなってきて、日本中から美味しいと噂の塩大福を取り寄せはじめた。次男は狂喜乱舞して喜び、私もその姿を見て喜んだのだが、夕食を食べずに、部屋でお菓子を食べる日がなくなることはなかった。塩大福は時折ポテチになり、クッキーになり、菓子パンになった。なんだ、塩大福にこだわっているわけじゃないのか!? わからない子だなあ!

 とりあえず、食べものを買い置きしておけば、彼はそのなかから適当に選んで食べる。それでいいやと納得したが、釈然とはしなかった。

 結局、長い観察期間を経て気づいたのは、次男は夫の作った料理は喜んで食べるという驚愕の事実だった。夫の料理というのは、焼いただけの料理だ。本当に焼いただけのもので、例えばステーキとか、ソーセージとか、卵とか、そういったかなりシンプルなものである。私が仕事の合間に必死に作った一皿が拒絶され、夫の焼くだけ料理が好まれる。これには納得がいかなかったが、理由ははっきりとわかった。塩だった。

 夫は私がびっくりするほど塩を使う。うわー! と思うほど振りかける。しかし、夫が焼いたステーキを、長男も次男も大喜びで食べるのは、塩辛くて美味しいからなのだ。夫自身も、「塩味が薄いんじゃない? 俺は薄いとは思わないけど、若い男の子は塩辛いものが好きだから」と言う。

 ということで、その日から料理の味付けを変えてみた。次男は見事に「あれ! おいしい!」と大喜びして完食した。「もしかして今までの料理、味が薄かった?」と聞くと、「う、うん……」と答えた。

 最近は私もこつを掴み、塩をしっかりと使うようになった。次男は以前のように、喜んでよく食べるようになったからよかったものの、私が塩大福ファンになってしまった。次男は、「塩大福はもう飽きた」と言っていた。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

村井理子
村井理子

むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『兵士を救え! マル珍軍事研究』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』など、エッセイに『(きみ)がいるから』『村井さんちの生活』がある。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。

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