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村井さんちの生活

2024年8月1日 村井さんちの生活

「介護」について書けること、書けないこと

著者: 村井理子

 7月上旬、私は新刊『義父母の介護』のプロモーションのため、新潮社の会議室で複数の媒体からインタビューを受けていた。

 早朝、京都から東京まで移動するため新幹線に乗り込んで、新潮社の宿泊施設「新潮社クラブ」に到着したのはもう少しでお昼という時間だった。『村井さんちの生活』担当編集者の白川さんが軽食を用意してくれていたのだが、緊張していると食欲が一気に落ちることと、食事後にテンションが下がるという謎の症状があるため、ぐっと我慢して取材後に頂くこととして、久しぶりの新潮社クラブの雰囲気を楽しんでいた。

 時間が来たので、新潮社の社屋へと移動。新潮社クラブは二度目の訪問だったが、実は新潮社内部に潜入したのは初めての経験。趣のある建物で、一階ロビーでは滋賀の星、一躍人気者となった成瀬(『成瀬は天下を取りにいく』、『成瀬は信じた道をいく』の主人公)のパネルに出迎えられ、同じ滋賀県民として誇らしい気持ちになった。そして怒濤の取材対応がスタートした…(取材に来て下さった皆さん、ありがとうございました)。

 とにかく多かった質問は、「ここまで書いて大丈夫なのか」ということ。私からすると、多くを伏せたまま、書けることだけ書いたつもりなのだが、全てを書いていると思っていただけるのは、書き手としてはうれしい(褒められた気分)。後期高齢者介護に関しては、書けることが意外にも少ない。何から何までぶっちゃけてしまえば、笑える記述が増えるかもしれない。でもそれでは、誰も幸せになれない。実際に介護に従事している方なら、なんとなく理解して頂けるかもしれない。介護とは、とてもプライベートなことなのだ。

 私が介護から見いだしている「笑い」の要素は、ほぼ自虐だと考えている。なんで私はこんなことしているのだろう、こんな(ハチャメチャな)老人相手に、一体なにをしているのだろう…考えれば考えるほど、クスクス笑えてくる。笑いは困難を乗り越える際に私にとって必要なツールのようなものだ。『義父母の介護』では、この私の大事なツールを詳しく書いたつもりだ。

 また、『義父母の介護』のなかでは、義父母の実際の様子だけではなく、私自身の気持ちも率直に書いた。介護となると、どうしても女性(妻、娘、嫁)にその役割が集中するケースが、いまだに多い。そんな当たり前に対して異議を唱える人間がいてもいいのではないかと思っている。私は夫とともに、すでに何年にもわたって義理の両親の介護をしているけれど、どうしても譲ることができない一線はある。実の親でない二人のために、自分の時間を削ることへの違和感は、いまでも強い。だからこそ、言うべきことは言うようにしなければいけないと思っている。だって、自分の人生だって、一度きりの、とても大切なものなのだから。介護の現場においても、自分を最優先にすることは絶対に間違いではない。

 何より、不満を抱えたままで介護をしても、良い結果が生まれるとは思えない。双方の幸せのために、納得できない、あるいはとても嫌だと感じていることは、早めに言える状況をなんとかして作りたいと思った。私が『義父母の介護』を書いた理由のひとつにそれがある。

 日本中に、実の両親の、あるいは義理の両親の、それ以外の家族の介護に従事している人たちは多く存在する。私もそのなかの一人で、介護に費やす時間が増えれば増えるほど、ひとつの考えが浮かんでくる。

 感謝されたいと思って介護しているのではない。ただ、当然のこととして受けとらないでほしい。

 『義父母の介護』を通じて、この思いを仲間のみなさんに伝えたいと思っている。感謝なんてしなくていい。当然のこととして受けとらないで。そうですよね、みなさん?

義父母の介護

2024/07/18発売

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥


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