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村井さんちの生活

2024年6月26日 村井さんちの生活

認知症を少しでも避けたいのなら

著者: 村井理子

 二回目のショートステイに義父と義母を送り出しただけで、どっと疲れてしまった私と夫は、自宅リビングでコーヒーを飲みつつ、話し込んでいた。

 「いやあ、それにしても長いよなあ…。介護生活、いつ終わりが来るんだろう」と、夫。終止符を打てるのはお前だけだ! と、アメリカの指名手配のポスター(WANTED)みたいに人差し指を顔に突きつけたかったが、ぐっと我慢して、私は答えた。

 「それでも、健康だからありがたいよ。認知症は進んでいるけど、どこかが痛いなんてこともないんだし、身の回りのことはかろうじて出来ているわけだし」

 「確かにそうだよなあ。しかし、おふくろも変わったなあ」と、残念そうに夫。

 「確かに変わった。以前あった凶暴さがゼロになった」と、内心、話が面白くなってきたぞ…と思いながら、私。

 「それはほんまや。あの凶暴さはどこに行ったんやろ。認知症になったのは可哀想やけど、あのまま元気だったとしても、俺たちにとっては大変だったと思う。おふくろが子どもたちの進学や、こちらの生活に口出ししないなんてことはあり得なかっただろうし、毎日のように通ってきてはいろいろと、ややこしいことばかりやったやろなぁ…」

 「確かに、元気だったらそれはそれで地獄やったかも」と、私。

 「おふくろにとっては、どちらがよかったんやろ。認知症になって過去のすべてを忘れることと、認知症にならずに、わがままな親父と老いていくことと」

 思いがけず、夫から究極の問いが投げかけられた。この夫の疑問は、認知症患者を近くで目撃している人であれば、少なからず抱いたことがあるのではないだろうか。私も義母を見守りながら、常日頃から考えている。義母が、というよりは、自分のこととして考えずにはいられない。

 今の義母は過去の記憶をほとんど失っている。彼女の長い人生で、過去にはきっと多くの辛く、悲しい出来事があったはず。同時に、決して忘れたくはない喜ばしい記憶もたくさんあったに違いない。そんな記憶がまるごと消え失せ、現在の彼女には、まさに「今」の記憶しかない。それが幸せだと言えるだろうか。悲しい記憶は消えてもいいけれど、それと引き換えに素晴らしい思い出も消えるなんて、残酷ではないだろうか。

 もし義母が認知症にならずに、義母らしさを失うことなく、暮らしていたとしたら。きっと彼女は、完璧な主婦として毎日忙しくしていただろう。どんどん手がかかるようになっていく義父の面倒を朝から晩までつきっきりでみて、時間ができたらわが家に電話をし、愛する孫の様子を尋ね、午後は庭の掃除をし、町内会の会合などにもちゃんと出て、夜は一杯飲んで、テレビの歌番組を見ながら、いい気分で歌謡曲を口ずさんでいただろう。

 義母がどちらになったとしても、私にとってややこしいことには変わりはないのだが、自分のこととして置き換えて考えてみると、やはり過去の記憶をすべて失うことはあまりに残念なことだと思う。義母の現在の姿を見ながら、自分の老後をここまで憂うことになるとは予想していなかった。面倒くさいなあ、嫌だなあという気持ちがすっかり、私だったらどうしようという心配に変わってしまった。

 老いの形を自分で選択することって、ある程度可能なのでしょうか…と、義母の主治医に聞いてみたことがある。つまり、認知症になることを避ける工夫は存在するかどうか、私は知りたかったのだ。数独とかパズルとかそんな答えを期待していたわけではなく、医師からの「これ!」というお墨付きが欲しかった。もしそんな工夫が存在するなら今の時点からスタートさせて、一日でも長く元気で暮らしたいと願っての質問だった。今まで攻める人生を送ってきたが、義母の変化を目撃してから、健康維持に関する意識がすっかりディフェンス寄りになった。

 義母の主治医は、うーんと考えてから、「僕はいままで多くの患者さんを診てきましたけど、その経験を踏まえて、僕自身がやっている工夫は、節酒ですね。いや、僕の場合は禁酒だな」ということだった。

 そうですか。答えは身近なところにあったわ。

 これを読んで「あー…」と声が出た読者のみなさん、今夜からはじめましょう。千里の道も一歩から。まずは一日目をクリアすることが大切です。

義父母の介護

2024/07/18発売

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥


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