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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

2019年10月3日 おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

おかしなたび

稚内 その1

たびのきほんはあるくこと。あるいてみつけるおかしなたび。

著者: 若菜晃子

日本最北端の町として知られる稚内からは礼文島、利尻島への船が就航しています。花の美しい礼文、海上に峻峰浮かぶ利尻。さらに北方の地サハリン島へも、夏の間定期航路が開かれていることはあまり知られていません(2019年は休航)。
北海道を旅すると必ず目に入るべこ餅。黒糖を使った木の葉型の米粉餅ですが、礼文島では渦巻模様でササの葉にのっていました。名の由来は形が牛(べこ)の形あるいは模様に似ているからなど諸説あり。「べこ餅の粉」も売っています。
町の商店街の店名はなんとロシア語と日本語の併記。サハリンが樺太だった時代から、時を経て、今は両国ともに市井の人たちは隣人としてごく平穏に交流しているように思われます。そのことがいちばん大切なのではないでしょうか。
窓が小さく壁が厚く煙突のついた四角い集合住宅にも、最北の地の厳寒対策がしのばれます。それは以前ロシアのカムチャツカで見た、ずらりと林立するソ連時代のアパートに酷似しているのでした。その深閑とした静けさも。
「食品館あいざわ」は稚内の食を体感できる地元スーパー。入口に立つ二宮金次郎像は手に書物ではなく松の苗! 相模国小田原生まれの金次郎は酒匂川の氾濫に遭い家が没落、苦難のなかで松の苗を植えて治水したそう。北方開拓の努力に通じるものを感じます。
※相沢食品百貨店様よりお教えいただきました。ありがとうございました(10/23追記)。

あんドーナツも定番です。道内の地元菓子にはあんぱんや羊羹などあんこものが多く、小豆+砂糖という高カロリー食がかつての過酷な生活環境を支え、そこに油という最強の助っ人が加わって、今も不動の人気を誇るのではと愚考します。
百年以上続く町の菓子店「かしわぎ」の包装には独自の風格が漂い、カニを模した最中や煎餅、おまんじゅうなどつい箱買いしたくなります。稚内のお店ではお釣りの端数をおまけしてくれたりして、昔ながらの互助文化も感じます。
明治期に開拓民として北海道へ入植したのは東北だけでなく、新潟や富山、広島や徳島など各地の人々でした。そのふるさとの名残が道内の古いお菓子には感じられるのが特徴です。でも洋菓子はちょっと昭和でキッチュなのがお好みのようす。
町の背後の丘陵からは海と町を一望できます。港の船も見えています。快晴の日は利尻、礼文、サハリンまで見えるとか。稜線には開基百年記念塔があり、内部は北方記念館になっています。足元ではエゾツツジが風に揺れています。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。

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