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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

2019年10月17日 おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

おかしなたび

稚内 その2

たびのきほんはあるくこと。あるいてみつけるおかしなたび。

著者: 若菜晃子

ヒグマの歓迎を受けて入った稚内市北方記念館では、サハリンから南下した人々による古代のオホーツク文化や、日本統治時代の樺太の展示がなされ、知られざる事実に刮目させられます。他にも厳寒期をしのいだ木製寝具寝棺や馬のわらじなども。
日本初の南極観測隊の犬ぞりを引いた犬たちは稚内近郊から集められ、この地で訓練を受けたこともここに来て初めて知りました。南極で置き去りにされた後、タロジロだけが1年後に生還。公園には鎮魂碑が建っています。
一見あんだんごに見えますが違います。チョコがけ一口ドーナツをさした串ドーナツです。他にサンスネークなる羊羹がけねじりドーナツも発見しました。しかしさすがに串あんドーナツは見かけません。ともかくドーナツに目がないようで。
訪れたのは初夏で、さわやかな風が吹き、肌寒いほどの稚内です。町の人によると、夏でもストーブを焚かないのは8月だけ、寒い日も多いし冬の大雪は大変だけど、本州の夏の暑さにはとても耐えられない、やっぱり稚内がいい、とにっこり。
「香花堂」のケーキはどれもかわいいサクランボのせ。実はこれはイチゴの代わりで、イチゴを使いたくても札幌経由で稚内まで来る間に傷んでしまうため、苦肉の策なのだとご主人が教えてくれました。お菓子にも最北端の現実があります。
団地の一角にはハマナスの群落。浜辺に咲くバラの一種で冷涼地を好む花です。一重咲きの紅紫色の花びらが華麗で、香りもかぐわしく、野バラの宿命で咲きたての美しい時間は短いのですが、野性味を残すこの花に町の片隅で出会えて感激。
稚内はいわずとしれた日本最北端の鉄道駅。古びて渋い木造駅を想像していたら、2011年改修のスタイリッシュな駅でした。開業時は稚内港駅と称し、港までの線路が敷設されていた時期も。駅舎の外には以前の日本最北端の線路が残されていました。
特急サロベツは冬期対応の堅牢な車体で、幌延(ほろのぶ)音威子府(おといねっぷ)和寒(わっさむ)とアイヌ語由来の駅に停まりながら原野を走っていきます。青い川、緑の林、牛の牧場、笑顔の人とのびやかで、丘に転がる牧草を包む白いロールもかわいく、マシュマロにも見えたりして。
車内のおやつは「かしわぎ」のカニ最中。迫力の包装も中身はどれも素朴な甘さ。お店の人は「冬は寒いですか」という幼稚な私の質問にも「寒いよ!」、「寒くても外に出るの?」にも「出るよ!」と答えてくれました。寒いところの人は温かいね。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。

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