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村井さんちの生活

2019年10月24日 村井さんちの生活

電話しないでって言ったでしょ!?

著者: 村井理子

 東京滞在四日目。出版されたばかりの訳本(『黄金州の殺人鬼―凶悪犯を追いつめた執念の捜査録』)のプロモーションイベントも、この日が最後だった。編集者と待ち合わせていた紀伊國屋新宿本店前で私は、目の前を多くの人が行き交う様子を見ていた。東京の雑踏やビル群を眺めるのが大好きだ。普段、山や湖しか見ていないから、珍しさもある。翌日になったらとうとう自宅に戻ることができると、気分はとても良かった。このイベントが終われば、長かった東京出張も終了。やっと、普通の生活に戻ることができる。こみ上げるような喜びを噛みしめていると、息子からLINEにメッセージが送られてきた。この時点でイベント開始まで一時間を切っていたと思う。

 仕事で出張するときは必ず、家族に対しては「緊急の用事以外は連絡をしないで欲しい」と伝えている。理由は、遠方にいればいるほど、何もできないからだ。何もできないだけじゃなくて、気ばかり焦ることになる。数年前、そのときも東京に滞在していたのだが、夫から唐突に着信があった。めったに連絡などしてこない人なので驚いた。そのときは会食中だったが、中座させてもらって折り返し連絡を入れた。子どもになにかあったのだろうか、それとも事故にでも巻き込まれたのかと、最悪の状況を想像して焦りまくるのが母というもの。しかし、連絡を入れてきた夫は、どれだけ呼び出しても電話に出ないのである。何十回とかけ直しても、まったく反応しない。仕方なしに会食の場に戻ったが、気分は最悪で、何を食べたのかも覚えていない。あとからわかったことだが、夫が連絡してきた理由は、私の母親から家の電話に連絡が入ったというものだった。私の焦燥と怒りを想像して頂けるだろうか。

 この一件があってから、長らく家を空ける前には必ず、メモを残すようになった。A4の紙に太いマジックで、「緊急時以外は絶対に電話をしないでください。すべてメールかメッセージで!」と書いておくのだ。今回の出張時にも、忘れずこれを書いて、冷蔵庫のドアに貼り付けて来た。旅立つ前日に男子チームを集めて、念を押した。とにかく、重要なこと以外は、一切連絡を寄こしてくれるなと。

 そして紀伊國屋新宿本店、イベント開始一時間前に戻る。私のケータイがメッセージの着信音を出した。急いで見ると、次男である。

 

なんか

 

あのな

 

…中学生のLINEのメッセージは、なぜぶつ切れなんだろう。「なんか」という文章の始まりは、一体どういうことだ。英語で表現するところの、Do you know what? みたいなものか? 頭に血が上るのがわかった。ああ、イライラする。要点をきちんとまとめて簡潔に述べてくれよ!

 はい、なんですか。何かありましたか? ちゃんとお母さんにもわかるように説明してください。と、かなりの勢いで返信した。すると、

 

なんか

 

叱られた

 

 と、戻って来た。叱られた? 誰に? つか、いま、それ相談必要? と思いつつ、(なんとなく)不安そうに訴えてくる息子が気の毒になり、すぐに返信した。

 叱られたってどういうことですか? 父に? 先生に? と返すと、こう返事がきた。

 

いや

 

 …んだからぁ、「いや」ってなんなんだよおおおお!!!!! NOかよ、Wellかよ、なんなんだよ! 文章を続けてよ!

 いや、ってひとこと書かれてもわからないので、どんな原因があって、どこで、いつ、誰に叱られたのか、ちゃんと書いて下さい。それでないと、母ももう仕事なので、対応できません。

 と書くと、ようやく(ぶつ切れだけど)状況がわかるメッセージが戻って来た。近所の人に、あいさつをしないと叱られたらしいのだ。普段はちゃんとあいさつをする子だが、なにせ思春期、そっけない態度でも取ったのだろう。とりあえず、もう行かなくちゃならないから、明日話を聞く! と伝えて会話を終えた。

 イベントがはじまってしまうため、急いで会場に向かう私のケータイがふたたび鳴った。急いでエレベーターを降りて控え室に向かうと、その日、一緒にトークをする高橋ユキさん(『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』著者)が、ラップトップとプロジェクタの接続をしているところだった。高橋さんは私の姿を見かけると、にこっと笑って、頭をちょこんと下げてくれた。私も、ケータイを耳に押し当てつつ、軽く片手をあげて、高橋さんにあいさつをした。ケータイに連絡してきたのは、ふたたび次男だった。小さい声でボソボソと話す。

「なんかなあ…歩いてたら、急に叱られて…×〇△#$%&」

 「あのね、わかっていると思うけど、ママはいま、仕事中なんだよ。あなたと話をしている時間は、今はないんよ、わかってる?」と鼻息荒く言いつつも、ああ、この瞬間、いまこの時こそ、私は次男と話をしなければいけない、彼は今、私の助けを必要としているのに! と、もう一人の私が叫んでいた。でも、こんなことをしている場合じゃないと考えなおし、次男からの通話を急いで切って、高橋さんがいる待合室に向かった。「大丈夫ですか? 村井さん、関西弁とバイリンガルなんですね」と言われ、ふははと力なく笑ったが、心は土砂降りだ。

 ねえ、どうしてですか? 神様は、なぜいつもこのタイミングでこうやって私に意地悪をするんですか? と考えていたら、本気で泣けてきた。高橋さんの目の前で、イベント開始直前に泣くわけにはいかないが、どうしようもなくやるせなく、悲しかった。ここまで来ても、私がこういった焦燥感から解放されることはないのか? ほんの数日のことなのに…。

 それでもなんとか気持ちを立て直し、イベントはとても楽しく、意義あるものになったと思う。高橋さんの話はとても興味深く、来て下さった参加者のみなさんにも楽しんで頂けたと思う。ケータイの電源は、イベント開始直前に切ってしまった。何が起きたとしても、いくら次男が悲しかったとしても、私には何もできないからだ。

 その日の遅くにホテルに戻り、ようやくケータイの電源を入れてメッセージを確認すると、次男から着信が一件と、

 

聞こえる?

 

 というメッセージが残されていた。もう寝ているだろうと思ったが、長めのメッセージを返しておいた。

 仕事は終わりました。今日はお互い大変だったね。なにも気にすることはないよ。明日家に戻ったら、母がすべてなんとかしておきます。それじゃあ、元気を出して、学校に行ってくださいね。

 私の東京滞在は、こうやって終わったのだった。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥


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