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村井さんちの生活

 写真は苦手だ。撮られるのも面倒だけれど、撮るのも面倒だなと感じるときがある(例外:犬の写真、仕事用の記録写真)。

 ずいぶん前の話だが、写真をほとんど撮らない私を見た友人が驚いて「写真撮らなくていいの?」と聞いてきたことがある。彼女にとって、日本人=写真を思い切り撮影する人たちという認識があったようで(彼女はイギリス人だった)、しきりに、「へえ、撮影しないんだ」と驚かれた。なぜ撮影しないのかと聞かれて、「だって面倒くさいから。私の技術では自分の目で見たようには撮れないしね」と答えた。すると彼女は、「なるほど、その気持ちはわからないでもないけれど、あなたも年を取ったら写真が残っていることのありがたみを感じるようになるだろうから、気が向いたら撮るといいよ」と言っていた。ふぅん、そんなものかねえと思った。

 息子たちが生まれて、成長の記録として写真を撮るようになった。しかし、双子育児が想像のはるか上をいくタフさで、あまりのつらさに写真に映った息子たちの姿がかわいいとは思えなくなった。これには正直、ショックを受けた。一体自分になにが起きているのだろう、なぜこんなにも写真を見ることがつらいのだろう。自分のなかにある、意味のわからない頑なさが嫌になった。理由を説明できない怒りや焦りの正体がわからないまま、しかし、「残さなければいけない」という謎の使命感もあり、撮影は続いた。そして徐々に息子たちの写真は私のなかで封印されていき、ハードディスクに記録されていくだけの存在になった。今となっては膨大な量となっているが、アンタッチャブルなままだった。

 SNSのページに突然現れた一枚の写真に驚いたのは数日前のことだ(思い出を振り返るという、例のおせっかいな機能によるもの)。次男と長男が肩を組んで笑っている写真だった。日付を見ると、なんと10年前に撮影されたもの。遠くに住む親友一名限定で公開していた。ハハハ……と乾いた笑いが出てきたものの、じっと見ていたら胸が一杯になった。なんて幼いのだろう。今は私よりもはるかに大きくなってしまったというのに、この頃の幼さと言ったら、まったく驚いてしまう。こんな時期を過ぎて成長したのか、こんなに小さかったのか……と考えながら、しばし写真を眺めていた。そして、突然理解した。このとき写真を撮っていた私と、今の私は、まったく同じ状況だったことに。10年前の私も、今のように、悩み、迷いながら子育てをしていたではないか。何ごとにも正面から取り組み、どうにかして正しい道を見つけようと模索を続けていたではないか。

 アンタッチャブルだった昔の写真を一気に掘り起こし、眺めてみた。ほとんど初めて、そこに映っていた幼い息子たちが、とてもかわいいと思えた。こんなにも長い間、私は彼らと暮らしてきたのかと、今更ながら驚いてしまう。そして、写真を見れば見るほどわかってきた。子育ては決して、つらいことばかりではなかったではないかと。楽しいことも、うれしいことも、つらいことと同じぐらいあったはずだ。それが見えなくなっていたのは、きっと必死だったから。それだけのことなのだ。ああ、あの頃の私よ、ご苦労さま! と、心から思った。

 私と対等に会話し、怒り、自分の主張をぶつけてくる今の彼らが、私はとても好きだ。何を聞いても「フツー」としか返ってこないし、ちゃんと作った夕食に限って「いらん」とだけ言うけれど、それでも、ものすごいスピードで心身共に成長していく彼らを見ることは純粋な喜びに溢れている。私は10年前の体力も気力も失いつつあるけれど、代わりに10年分の確信を得た。私はしっかり、二人の成長を見届けていると。

 結局、苦手とは言いつつ、嫌がられつつ、これからも二人を撮り続けることにした。それは、10年後の自分のためであるのかもしれない。10年後に、ご苦労さま! と、自分に言うために。

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「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

村井理子
村井理子

翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『兵士を救え! マル珍軍事研究』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』など、エッセイに『(きみ)がいるから』がある。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。

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