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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

2020年9月3日 おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

おかしなたび

愛する地元アイス

たびのきほんはあるくこと。あるいてみつけるおかしなたび。

著者: 若菜晃子

以前は、夏でも朝方は涼しい風が吹き、夕方にはひと雨来て過ごしやすくなったものだが、昨今は朝から晩まで灼熱の日々。そんなとき手が伸びるのはやっぱり冷たいアイスとソフト。まずは近年知名度アップの和歌山の老舗茶舗玉林園のグリーンソフトからご紹介。愛くるしいキャラクターを勝手にピヨコと呼んでいたが、本名はグリンちゃん。
しかもグリンちゃんはヒヨコでなくてアヒル。県内のスーパーでふつうに売られている小さなソフト、こんなにかわいくておいしいソフトが子どもの頃からあったら、誰だって好きになっちゃうな。しかも外袋を開けると、正方形の紙に包まれたアイスがころりと登場。グリンは帽子なんかかぶっちゃって、かわいすぎるぞ!
1958(昭和33)年に開発された抹茶入りソフトで、昔ふうにモナカ皮のカップをかぶっている姿もよく、あっさり風味のお抹茶もバニラと相性よく、しけったモナカも懐かしい味わい。むろんグリンちゃんの功績は大きいけれど、古くは紀州徳川家のお膝元の和歌山、和菓子文化が発達しお茶を嗜む土地柄であることも、市民に浸透した理由では。
同じ緑色のソフトでも、こちらは東京都の伊豆七島のひとつ、八丈島の中田のソフトクリーム。緑の色は抹茶ではなく、なんとアシタバ。古くから八丈島で栽培されている特産物で、青汁の原料として知られ、生長が早く栄養価も高いため、島ではアシタバを使った商品が多数開発されている。ソフトに入ったのもごく自然ななりゆき。
昨今のソフトにはご当地の自慢の味が投入され、なかにはお菓子とはいいがたいものも出現しているが、アシタバの場合、野菜の味はそれほど気にならず、ミルキーなソフトが楽しめる。島内の中田商店ではつくりたてを味わうことも可能。どことなく大らかな島の人の気風まで感じられる地元ソフト。
同じく八丈島で出会ったのはパッションフルーツ種ジャム入りジェラート。製造元は当連載「八丈富士と牛乳せんべい」でも紹介した八丈島乳業。南米原産のパッションフルーツは亜熱帯の果物として、近年八丈島での栽培も盛んになっているとか。他にもアシタバやレモンなど、地元農産物にこだわった味が楽しめる。
パッションフルーツファンとしては、あの種のプチプチ感と、種の回りの甘ずっぱいゼリーを大いに期待してふたを取ったが、やや黄みがかったふつうのミルクアイスが現れて、なあんだ、ミルクアイスにパッションフルーツのエキスを混ぜ込んだだけか、と失望。しかし判断するのにはまだ早かった。
縁から攻めていくうちに突然発掘されたパッションフルーツ! しかも生の果実と同じそのままの種の形でジャムになっており、容器の底に埋まっていた。この感覚はまるであのプリンのカラメルソースと同じ、お楽しみは最後にという心憎い演出? 宝を掘り起こしてはアイスと合わせて堪能。
同じく食感で勝負は新潟のコシヒカリモナカ。米どころ新潟らしい発想の一品。新潟のコシヒカリといえば、さまざまな銘柄米が手に入るようになった今でも、日本が誇る最高級米のひとつ。この輝く金色の豪華パッケージは、たわわに実った秋の黄金色の稲穂と米農家の誇りをを表したものだろうか。
中はぱっと見、ふつうのモナカアイスだが、もごもごと食べてみると、ミルクアイスのなかにかすかに米粒の感触。その控えめな具合がかえってよく、ふんわりとやわらかいアイスが、冬に越後に降り積もるまっ白な雪のようでもあり、大変趣のあるアイスである。カップ入りもあり。
大阪の難波551蓬莱といえば豚まんだが、アイスキャンデーも根強い人気。1954(昭和29)年から変わらぬ製法で作られており、キーンと冷たく、シャクシャクと小気味よい昔ながらの棒つきアイスの食感は格別。毎年限定味も発売されており、撮影した年はマンゴー。ちなみに中央に座るシロクマくんの名はイッちゃんです。
南国高知にも地元アイスは健在。横畠冷菓の冷凍ケースには堂々と〈土佐の味 アイスクリーム〉の文字。土佐の風物詩、よさこい祭りの名を冠したアイスは昔ながらのアイスクリン。アイスクリームとシャーベットの中間のような、軽い食感でさっぱりとした甘さが身上。お祭りのときは飛ぶように売れそう。
横畠冷菓のある佐川町は土佐藩家老の城下町であり、植物学者牧野富太郎の生地。静かでどことなく気品のある小さな町で、横畠冷菓は創業60年以上の老舗として昭和40年代からアイスクリンを作り続けてきたそうだ。古典的な形が美しいお祭りアイス、これはやっぱり土佐の味。
高知ではもうひとつ、さめうらフーズのアイスクリンも人気。どちらが好きかは好みの分かれるところだろうが、高知の人にとって、アイスといえばアイスクリンなのだ。さめうらではあまざけ、ゆず、しそなど、いっぷう変わった味の棒アイスも作っており、甘酒は土佐の地酒の酒かすを使用。
味はほんのり甘酒の味。甘酒といえば以前は温かい冬の飲みもののイメージが強かったが、今では健康食品として冷やして飲むのが主流。あまざけアイスもそうした流れの一端だろうか。あずきや甘酒やミルクなど、こうした一見地味な、昔ながらの味がアイス業界でなくならないのは、多くの人が、夏はさわやかで涼しげで、どこか郷愁を呼ぶ味を好むからだろうか。
宮崎の都城で見つけた花堂冷菓の蜜しぐれはアイスでもソフトでもなくまさしく氷。イチゴシロップ味のかき氷が掌大の小袋に入ったもので、ガラスのうつわに出して食べたい感じ。ざくざくとした氷の粒がザラメのように大きく、食べているうちに体が冷え冷えに。蜜しぐれという名前がまた古風な響きで、旅先でも見つけると買ってしまう。
当連載「西表島 その2」にも登場した沖縄のぜんざいは、あまがしともいい、金時豆や押麦の入った黒糖味のシロップ。夏は冷やして、冬は温めて食べる地元菓子で、かき氷をのせて氷ぜんざいにも。オキハムはハムに限らず沖縄の伝統的な味を豊富に展開し、レトルトぜんざいも麦入り麦なしを製造。裏書きには「このまま冷凍庫で凍らせてシャーベットに」の文字が。おいしそう…。
もちろん町の食堂でも夏の氷ぜんざいは定番メニュー。こちらは白玉も入って贅沢なぜんざい。本州では豆系かき氷は氷あずきですが、沖縄では氷きんとき。金時豆のねっとり感と押麦のつぶつぶ感がくせになります。地元アイスとソフトの紹介のはずが、いつのまにやら氷まで発展。少しは冷えましたでしょうか。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。

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