シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

村井さんちの生活

 本来であれば四月の末に仕上がっているはずだった訳書の仕上がりが遅れてしまい、ようやく入稿することができたのが七月の初めごろだった。最後は必死の作業でなりふり構わず仕事をし続け、キッチンに洗い物が積み重ねられ、洗濯機前のカゴはまさに山のような洗濯もので溢れていた。連載原稿はじわじわと遅れ(この原稿も遅れました。ごめんなさい)、犬は退屈して吠えまくりと、周囲を巻き込んでの大騒ぎが終了してふと気づくと、息子たちの夏休みがすっかりスタートしていたという次第である。今年は本当にめちゃくちゃだ。

 入稿を済ませて、慌てて息子たちの生活に自分の生活を合わせてみたものの、すでに期末テストは終了し、成績が配られる手前という状況だった。学期末懇談会が開催され、ヨレヨレで学校に向かった。成績表が配られる前に、よそのお母さんたちがどれだけ期末テストにガッツを入れていたのかを聞き、そのまま目の前の机に頭を打ち付けたい衝動と戦うので必死だった。なにかひと言どうぞと先生に促されたが、自分が何を言ったか記憶がない。先生にお礼を言うでもなく、そのままふらふらと教室を出て、家に戻ってきた。どうすればよかったのだ。そうか、私は息子の期末テストの手伝いさえもやらなかったのか。しかし、どこまで手伝ってやればよかったのか。私にはその答えがわからないのだ。ええい、一体なにをやっていたのだと自分に問いただしたい気持ちもあるけれど、結局のところ、仕事に没頭してしまったとしか言いようがない。なんだかもう、取りかえしがつかないではないか。

 翻訳作業をしているときは必ずそうなのだが、他になにも手に付かなくなってしまうのが私の悪いところだ。本の最初から真ん中ぐらいまでの作業が本当に大変で、どんなに楽しく、興味深い本であっても、とにかく一行一行が苦しくてたまらない。集中力が散漫になり、同じ行を読み続けるなんてことが起きるのも、この前半の作業だ。私の場合、間違いが多いのも、当然前半だ。とにかく遅々として進まず、気が重く、一人で作業をし続けることの限界を感じるのがこの時期で、周りの状況まで読めなくなる。

 しかし、半分を過ぎたあたりから徐々に進みが早くなってくる。集中する時間が長くなってくるのだ。作業を中断しなければならないことに苛立ちを感じはじめるのがこのあたりで、被害を受けるのは、たぶん子どもたちである。前半の作業で感じていた疲れや眠気が一切でなくなり、むしろ何時間でも訳し続けられるようになってくると、一気に仕上げに向かって突っ走ることができる。最もスピードが上がるのが七割程度訳し終えたあたりで、あとはゴールの喜びだけを楽しみに、進み続ける。このあたりでは、苦しさはほとんど感じない。そして、余計に周りが見えなくなってくる。

 翻訳作業で、楽しいと言えるかもしれないのは最後の一割ぐらいではないだろうか(当然、私の個人的感想)。しかし、やっと終わったと噛みしめ、達成感に浸ることができるのもほんのしばらくの間だけだ。著者と心のなかでがっちり握手を交わし、素晴らしい作品をありがとうございました…と、ひとりパソコンの前でニヤニヤして、終了の儀式はあっという間に終わる。そして、今度はおもむろに本の最初に戻る。前半のツケの回収である。エンジンがかからず、両目をこすりつつ、何度も同じ行を読んでいた自分の小さなミスを、ひとつひとつ拾っていくのだ。そして気づけば、やっぱり仕事以外のことがすべておろそかになっているのである。

 実際の人生も、過去に戻って、自分がやってしまった小さな、そして大きなミスを、丁寧に回収できたらどれだけいいかと思う。そしてもう一度、ひとつひとつやり直して、よし、これで大丈夫だと安心できればどれだけいいだろう。人生も翻訳原稿のように、何度も何度も丁寧に見直していけばそれだけ、よりよいものになればいいのにと思わずにはいられない。二人の息子の成長を見ていると、そんな気持ちばかりが募る。人生はバランスだというけれど、正しいバランスなどあるのだろうか。

 こんなことを考えながら夏休みの計画を立てていたら、文通相手のルワンダの少年ケリーから手紙が届いた。先日送った手紙とバースデーカードのお礼だった。今回も便せん一枚に、学校や家族の様子を書いてくれていた。ルワンダは、つい先日まで雨期だったそうだ。なぜか彼への返事はとても早い私であるので、慌てて便せんを出して返事を書いた。

 ルワンダにも雨期があるそうですね。実はいま、日本も雨期です。毎日雨が降っていますし、とても蒸し暑いですよ。ルワンダにも日本にも雨期があるのがわかって少し驚きました。でも、空が繋がっているのだなと思うと、うれしくなりました。勉強、がんばってくださいね。

 返事はすぐに書いたが、いろいろと考えて、一旦引き出しの中にしまい込んだ。夏の終わり頃に返信するつもりだ。

義父母の介護

2024/07/18発売

この記事をシェアする

ランキング

MAIL MAGAZINE

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき
  •  

考える人とはとは

 はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

 2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。

 目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。

 当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。

 まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。

 あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。

 創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。

 読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。

「考える人」編集長
松本太郎


ランキング

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

  • ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら