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村井さんちの生活

 子どもたちの休校がはじまってから、50日ほどが経過した。朝から晩まで、ふたりと顔をつきあわせてずっと家にいるなんて、それこそ10年ぶりぐらいのことだ。いくらわが子といえども、中学生男子が、朝から晩まで家のなかにドーンと存在している状態は、息が詰まるなんてもんじゃない。手がかからなくなったとはいえ、私の心が消耗しないといえば嘘になる。いや、消耗していました。すごい勢いで。

 休校がはじまったばかりのころは、「先の見えない休校なんて絶対に無理!」、「朝から晩まで反抗期の中学生とずっといるなんて無理!」、「ゲームばかりやっている姿を見るのは無理!」と、まさに無理三部作のようになっていたのだが、最近の私の心は、ある程度平穏だ(少なくとも、子どもとずっと一緒に過ごすことについては)。なぜかというと、すっかり諦めたからだ。いや、諦めたというよりも、楽しく暮らすほうを選んだと書いたほうがいいのかもしれない。笑って過ごすほうを選んだ。子どもたちとケンカをしないほうを選んだ。だってそうしないと、毎日が辛いんだもん。

 私は意志の弱い母親で、その通りでございますとしか言いようがない。そこは否定しない。自分でも情けないくらい、私はすぐに諦める。悲惨なほど甘い母親でもある。そんな私でも、さすがに今回は学業の遅れを気にして、家庭学習をサボらないよう息子たちを導こうとした。しかし、うちの双子男児はこの春から中学2年生で、反抗期のど真ん中だし、私よりもずっと体も大きくなっているし、口も達者だ。反抗するときは2人が突然チームを組み、絶対に負けるもんかという体勢で挑んでくる。いくら私がマシンガントークで対抗しても、相手が2人だと疲労感は倍だ。あっという間に私の心が折れた。いつものように、ポッキリと。

 こんな大切な時期に、こんなに長い期間、学校から、そしてなにより学業から離れるなんて、この先どのような影響があるのだろうと当然不安になる。5月以降は通常授業がはじまる予定とは聞いているが、その保障なんてどこにもないことは明らかだ。だったらどうすればいいのか。全然わからないのですが……?

 突然与えられた時間を有意義に使って、予習復習のために自ら机に向かうことができる子どもは確実にいる。そして、その気持ちにさせることができる親もいる。心の底から羨ましい。私だって、教科書準拠の参考書を揃えたり音読の本を買ったりといった涙ぐましい努力を重ねたわけだが、思い描くように2人を机に向かわせることはできなかった。そりゃそうだ。普段だってできていないのに、こんな非常時に突然できるようになるわけがないのだ。担任の先生からかかってきた、たった一本の電話のほうが、私が説得に費やした多くの時間よりもよっぽど効果があった。先生から激励の電話をもらった息子たちは、上機嫌で宿題をこなしはじめた。ということで、私のほうは、すっかり諦めてしまった(へそを曲げたわけではない)。

 息子たちは学校から出された課題をなんとなくこなし、塾のweb授業を、まぶたを指で引っ張り上げながら受講して、日々過ごしている。そのわずかな勉強時間以外は、ゲームをするか、LINEで友達と連絡を取るか、私とくだらない会話をするか、犬と遊ぶかのどれかである。もういいや、それでいい。なにせ、今まで誰も経験したことがないようなことを、私たちはやっているのだから。そんなときに、平常時より難易度の高いことをやろうなんて無理に決まっている。家で大人しくいるだけでヨシとしよう(うちの双子は、この点については優秀だ。毎日、家に籠もりきりだ)。今は誰もが不安なことを、立派な大人でも右往左往していることを私自身が受け入れて、楽になったっていいに決まっている。……なんだか泣きたくなってきた。

 こうしたらいいですよ、うちではこんな素敵な取り組みをしています、さあ、一緒にがんばろう! なんてことを言うつもりはない。ただ、私がすっかり「諦めた」ということを、ここに表明したい。そして、少し諦めてみたら、随分気持ちが楽になり、息子たちとの時間を楽しめるようになってきたと報告したい。ずっとこのままでいるつもりはないけれど、それでも今は、私のなかの理想的な母親が思い描く、完璧な休校生活をあっさり諦めたことで、空はいつものように、広く、青く見える。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

村井理子
村井理子

翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『兵士を救え! マル珍軍事研究』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』など、エッセイに『(きみ)がいるから』がある。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。

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  • 津野海太郎「最後の読書」読売文学賞受賞


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