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村井さんちの生活

2022年5月31日 村井さんちの生活

あの真面目そうな青年が

著者: 村井理子

 事件勃発である。どれだけ事件勃発するんだよと言われそうだが、実際に勃発である。

 この連載でも何度か書いてきたことではあるけれど、義母の認知症の症状には浮気妄想というものがある。実際に義父の浮気を疑うものというよりは(なにせ化石のような90歳)、義父に女性が近づくのを強く警戒するといった状態だ。愛だの恋だのといったものからは遠い感情だと思う。そんなこともあって、わが家の介護メンバーは、可能な限り男性に参加してもらうようにお願いしている。お願いしているといっても、もちろんすべてケアマネ様の提案、そしてコーディネートで成り立っているわけだが、介護業界には男性がとても少ないため、スーパー優秀なケアマネ様でもなかなか見つけることが出来ないというのが現状である。

 しかし、そんな村井家に彗星の如く現れた男性看護師がいた。名前はM君としよう。大学生のように若くハキハキとした好青年で、義父母もすぐに打ち解けた。きっと、彼の働く姿と孫の姿を重ねていたのだろう。義父は世話をしてもらうたびに、すまないのう、悪いのう……と半泣きで言うし、義母はM君が家にやってくると、あら、また来てくれたのね、ありがとうと明るく言うようになった。

 M君に訪問看護をお願いすることになったのは、義母と義父が別のデイサービスに通うようになったことが理由だった。義母と過ごす時間が長い義父がストレスに耐えきれず、私とケアマネ様の判断で、義父に自由時間(という名のリハビリ)を与えることになったのだ。そこで、義父と義母がまったく別のデイサービスに行くことで、なんとか義父の負担を軽くしようとした。まさに苦肉の策だ。これにプラスして、義母はショートステイ(半日、あるいは一泊)の利用もスタートした。義母の留守の間、義父は家で自由時間を謳歌できる。

 しかし問題がひとつだけあって、それはデイサービスのスタート時間の違いだった。義父のデイサービスは家から遠方にあるうえ、開始時間も早いため、迎えの車の到着も早い。義母のデイサービスは、何かあった時のことを考慮して、家から近い場所でお願いしていたが、開始時間が義父のデイサービスより30分遅いのだ。そのため、義父が出てしまえば義母は一人だ。つまり空白の時間ができるのだ。

 私もケアマネ様も、義母が一人きりになるこの空白の時間が心配だった。出ようと思えばすぐに家を出ることは可能だろう。足腰は強い。義父がデイサービスに出発したことを忘れ、万が一探しに出てしまったらどうなるだろう。最近の義母は、回覧板を隣の家に持って行くと、家に戻ることは難しい状態だ。

 「それはヤバいですね」と私は言った。
 「やっぱり看護師さんに来てもらいましょか」とケアマネ様が提案してくれた。

 そこで登場したのがM君だったというわけだ。

 M君は八面六臂の大活躍だった。薬を嫌がる義母にしっかりと薬を飲ませてくれたのも彼だし、大量の薬を完璧に管理してくれたのも彼だ。義父の顔を蒸しタオルで拭いてくれたときには、そんなダーティーワークをこんな青年にと心が痛んで倒れそうになった。

 義父も義母も、週に二回、それも一時間という短時間とはいえ、デイサービスに出かける準備を手伝ってくれ、薬の管理をしてくれ、血圧を測り、ついでに世間話をしてくれる彼を本当に気に入っていたと思う。私も安心してお任せしていた。……しかし、だ(勃発)。

 先日、ケアマネ様から突然電話が入った。私はその前の週からの過労がたたって体調が悪く、寝込んでいた。

 「あの〜、Mさんのことなんですけど、ご両親から何かお聞きになってます?」とケアマネ様が言った。

 「いえ、特に何も聞いてないですが、週2で入ってくれてますよね?」
 「はい、入っているはずなんです。はずなんですが……」

 ケアマネ様の話はこうだ。

 週二回、朝早く義父母の家にやってきて、義父がデイサービスへと向かったあとの、空白の時間を埋めてくれるはずのM君が、なんと家に来ていないことがあったというのだ。それも、数回あったという。私はびっくりしてしまった。というのも、M君は時折私にメッセージをくれ、勤務状況を報告してくれていた。

 「ええと、それは急用とか、そういうわけではないんですか?」

 「デイサービス曰く、お義母さんが一人で待っていることが何度かあったということなんです」

 あら〜である。あのM君が。あの真面目そうな青年のM君が……と言うと、ケアマネ様は、「まあ、あたしらの年代って、若い人たちに甘くなってしまいがちじゃないですか。こんな大変な仕事だから、よけいに!」

 「あ、そうですよね〜。うーん、確かに、私なんて息子の年齢とそう変わらないもんだから、なんていうかなあ、甘くなっちゃったかもしれないなあ……」と言いつつ、若者に対してついガードが甘くなる点ではオレオレ詐欺と一緒なのかと思って、ちょっと悲しくなった。

 「どうしましょう」というケアマネ様に、「そうですねえ……」としばらく考え、「なにかあってからでは遅いので、契約を終了させて頂いて、次の方を探して下さいませんか?」と頼んだ。ケアマネ様も賛成してくれた。なんだかどっと疲れた……。

 すぐに義父に電話して、「お父さん、M君なんですけど、なにかおかしいことありました?」と聞くと、最初はなんとなく言いにくそうにしつつも、「うん……まあ、確かにちょっとな。今度本人には言おうと思ってたところやった」と言う。義父もM君の勤務態度の変化にはすでに気づいていたのだ。

 「どうしますか? 契約解除ということにします?」と聞くと、義父は「これからの子やから、厳しくしないでやってくれ」と言う。だから、「でもケアマネさんは、これからの若い子だからこそ、間違いは指摘してあげたほうがいいと言ってましたよ」と伝えると、義父は納得してくれた。

 ということで、ケアマネ様の怒濤の仕事で、次の看護師さんは45歳男性と決定した。その顔合わせと契約が行われる日が決定し、面倒くさいけど行くか~と思っていた日の夜のことだ。突然、強烈な寒気と震えがやってきた。奥歯がガチガチと鳴り始め、直後にいきなりの高熱で体が動かなくなった。

 そして私は、私は……(続きは次回)

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

村井理子
村井理子

むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『兵士を救え! マル珍軍事研究』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』など、エッセイに『(きみ)がいるから』『村井さんちの生活』がある。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。

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