「思い出すこと」一覧
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義父、倒れる
夏の盛りの八月中旬、その日は突然訪れた。いつものように子どもたちを送り出し、締め切り迫る原稿を必死に書いていたそのとき、義母から入電したのである。しかし、その……
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最終回 時間をかけるということ
これまでにも何度か書いてきたように、人生いかに生きるべきか、これが、六十年にわたって展開された小林先生の文筆活動の根本テーマであった。だが、それは、けっして先……
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面倒くさい女
たぶん他人からすれば些細なできごとに対して過剰に気に病むようになってしまった私は、そんな些細なできごとで誰かを傷つけることがないように、常に必要のない配慮をす……
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スーザンを探して
前回は、トム・ロビンズの小説をスーザンに貸したところまで語った。トム・ロビンズの小説は日本ではほとんど知られていないが、少なくとも2つは翻訳されている。「カウ……
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五十九 日本の風景
前々々回、小林先生が奈良の大和三山を愛でて、「『万葉』の歌人等は、あの山の線や色合いや質量に従って、自分達の感覚や思想を調整したであろう」と書いていたことと、……
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人生も翻訳のように
本来であれば四月の末に仕上がっているはずだった訳書の仕上がりが遅れてしまい、ようやく入稿することができたのが七月の初めごろだった。最後は必死の作業でなりふり構……
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不機嫌なスーザンと仲良くなるには
ボブの研究室で1年半が過ぎた頃だった。トムは相変わらず小さないたずらを周囲に仕掛けながらも、着実に研究を進めていた。僕も英語がまあまあ通じるようになり、小鳥の……
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五十八 「ひろみ」にて
天ぷらの「ひろみ」は、JR鎌倉駅の鶴岡八幡宮側出口を出て小町通りに入り、すこし行った左手にある。今では雑誌、テレビ、ラジオ等で何度も紹介され、地元はもちろん全……
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土砂降りの雨の朝
土砂降りの雨が降っていたので、夫を車で駅まで送り、次は息子たちを送り出さねばと急いで家に戻っているときのことだ。国道の真ん中に、大きな亀がゆっくりと歩いている……
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五十七 常識について
小林先生のことを聞かせてほしいという声を方々からかけてもらい、北は仙台から西は広島まで、十指に余る会場を定期的にお訪ねしているが、広島の場合は毎回、世話役のY……
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そして俺の指導教員、ボブ・ドゥーリング ……
さて、ボブのスケベ話を続けよう。ボブは年に1度、集中講義のためデンマークの大学に行っていた。以下は、ある日デンマークの同僚(ラーセン〔男性〕)とボブが夜中に急……
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ごめんね、藁科さん
私の心のなかに長い間住み続けている少女がいる。いつも静かに佇んでいる。名字は藁科(わらしな)さんで、下の名前はどうしても思い出せない。柔らかそうな美しい栗色の髪……
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そして俺の指導教員、ボブ・ドゥーリング ……
これまでメリーランド大学における俺の恩師たち(中にはハチャメチャなのもいたが)を紹介してきたわけだが、そろそろ俺の指導教員、ボブ・ドゥーリングについても紹介し……
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五十六 小林先生と「萬葉集」
平成の世から令和の世になった。新元号「令和」は、「萬葉集」の巻第五に見える「梅花の歌三十二首并(あは)せて序」のなかの「序」の一節が出典だという。 ――于時初春令……
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五十五 頭の良し悪しとは
小林先生は、会うといきなり、言おうとすることの結論を、結論だけを、ポンと言われることがよくあった。あの日もそうだった。お宅を訪ねて応接間に通された私に、あの日……
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シーガル先生の呪い
俺のいたメリーランド大学心理学研究科では、社会心理学か産業心理学かどちらかを履修せねばならなかった。社会心理学のほうが少しは基礎的であろうと思い、そちらを履修……
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五十四 学習と学問のちがい
今年もまもなく、入試の時節に句切りがつくようだ。受験戦争に勝利を収め、四月からは大学生となる諸君にまずお祝いを申し上げ、そのうえで訊いてみたい、これまで諸君が……
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アフリカ砂ヘビの脳
俺はメリーランド大学カレッジパーク校に大学院生として1983年の夏から5年半ほど留学していた。最初の3年ほど、非常によく勉強した。浪人時代、代々木ゼミナール原宿校……
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研究室での暮らし
米国メリーランド大学の大学院生の暮らしは概ね地味である。講義はきちんと履修せねばならない。1科目でもDがつくと放校処分である。実は俺は2年目の講義でDを喰らって……
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五十三 我慢だよ、我慢だよ
今年も、先生の命日が近くなった。先生が亡くなったのは、昭和五十八年(一九八三)三月一日だった。以来、毎年、祥月しょうつき命日にお墓参りをされる先生の長女、白洲……
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研究の始まりと異国の初恋
メリーランド大学附属英語学校をなんとか卒業した僕は、心理学研究科の修士の学生としてボブの研究室で研究を始めた。研究室がある動物学心理学棟の4Fには、北側に動物……
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五十二 志ん生そっくり
小林先生って、志ん生そっくりですね――。 「新潮CD」で先生の講演を聴いた人たちは、皆が皆と言っていいほどにこう言ってくる。たしかに先生の語り口は、ふだんの酒席で……
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レッドスキンハウスと英語学校
僕はそのようにして、米国メリーランド州にあるメリーランド大学カレッジパーク校のボブ・ドゥーリング研究室にて研究を始めることになった。家業を継ぐことを放棄してア……
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五十一 にせものの価値
十二月である、十二月と言えば「忠臣蔵」である、というような言い方は、今でも通じるのだろうか、それとも、もう通じないのだろうか。そんなことを思いながら今回の準備……
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MAIL MAGAZINE
とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
「考える人」編集長
松本太郎

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「考える人」から生まれた本





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